自殺幇助
フランスのジャン・リュック・ゴダール監督が91歳で亡くなった。
死に方は、自殺幇助によるものだ。
つまり、本人が自殺したいと、本人の意志で申し出て、それを医師が了承して薬で安楽死させたのだ。
これは、理想的な死に方の一つだと思う。
突発的な不慮の死によらなければ、(普通の)人間は、自らの死を自らの意志で確定させることができない。
それは、おかしい。
誕生も、自分の意志で行われず、死までも自分の意志で行われないというのは悲しいことだ。
生きてきた意味を考えるだけでも苦悩を伴うのに、最期くらいは自由にして欲しいと思う。そう願っている人は、ゴダールだけではないはずだ。
人間の良心を信じているとは上っ面だけで、とどのつまり、残された人間たちのことしか考えていない。
せめて、最期だけは、自分の意志が活かされてほしいと思う。
ゴダールはスイスで亡くなった。
スイスは自殺幇助が認められているらしい。
安楽死は、自殺とは違う。
自殺は、苦痛を伴う場合が多い。
もちろん、それ程の苦痛を伴わない自殺の方法もあるのだろうが、どうしてもネガティブなイメージが付きまとう。
社会的に、自ら死を選択することが認められていないからだろう。
繰り返しになるが、どうして、自分で死を選択してはいけないのだ。
もう、この世に自分の存在が必要ないと感じたら、・・死を選択してどうして悪いのだ? 自殺なる不当な行為によらずとも、周囲から祝福を受けて、この世とおさらばできたらどれほど幸福な気持ちになるだろうか。
生きている意味を感じないままに、生きながらえることがどれだけ不快な時間だということを・・。
みなに、喜ばれて死ねるなら・・こんな有難いことはない。
自分の意志の及ばない「誕生」だけが、周囲の祝福を受けるのはおかしい。
人生の最後だって、祝福してもらわなくては!
ゴダールは、自分意志で、自分の最期を締めくくった。
すばらしい最期だったと思う。